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喫茶豆知識
アイリッシュコーヒー

コーヒーを使ったウイスキーベースのホットカクテル。ベースを変えることでいろんな名前のカクテルに変化してしまいます。アイリッシュコーヒーを飲みたいときは、決して他のお酒は使わずアイリッシュウイスキーを使ってください。
1930年代に大西洋横断飛行艇の乗客に対して考案されたという。当時の飛行機は現在のように決して快適ではなく、長時間にわたり寒さやゆれに耐えなければならなかった。そこでアイルランドの乗り換え地であるフォインズ・ターミナルのレストハウススタッフが、「乗客を元気付けられる飲み物を」ということから考案。人間も内燃機関なので、燃料補給は重要だと考えられ・・・る?

厚切トースト

名古屋地区では守山にあったセーブルという喫茶店で出したのが最初という説がある。
一説によると、通常の四角い食パンではなく山食(イギリス食パン)が出始めたとき、
通常の厚みにはスライスができないため、ボリュームもあるということで厚切になったようだ。
一方で利点もあって、最近でこそ少ないが表面に格子状に切れ込みを入れて焼き、半溶けバターを塗るとしっかりと染み込むため、さっくりとふわふわ、そしてバターの味という、あの厚切トースト独特のうまみが生まれたわけだ。他にもボリュームだとかサービスだとか説はあるが、おいしいから厚切にした、でもいいような気はする。

アラビカ種
コーヒー三大原種の一つ。ブラジル、コロンビア、モカ、マンデリンなど、我々が飲むレギュラーコーヒーのほとんどがアラビカ種と思っていいと言ってもよく、世界のコーヒーの産地の約70%を占めている。標高1,000メートルから2,000メートルの高地で栽培され、気候や病害虫に影響を受けやすくデリケートな品種だが、大変な分、豊かな風味や酸味を持っている。
あんこコーヒー
星野仙一氏の好物といわれている、スプーン一杯程度のあんこをコーヒーに入れたもの。ミルクとあんことコーヒーのバランスが要だそうだ。
イタリアンスパゲッティ

鉄板スパの大元といってよいだろう。名古屋市の喫茶店・喫茶ユキのご主人が考案。鉄板の上にケチャップ炒めスパゲッティを盛り付けることで、完食するまでさめないように工夫した食べ方。イタリアンの名前は、イタリアで考案したことからの命名ということだ。ケチャップ炒めスパゲッティ自体はナポリタンの項目にも記載されているが、戦後進駐軍の食事として日本に持ち込まれた。

歌声喫茶

店内の客がロシア民謡や童謡、歌謡曲などを一緒に歌って盛り上がる1950年代から60年代にかけて流行した喫茶店のスタイル。集団就職で地方から単身で上京してきた若者にとって心のよりどころとなる大切な場所だった。1970年代カラオケスナックの出現で徐々に姿を消す。歌手で俳優の上条恒彦は歌声喫茶から現れたと言われている。

エスプレッソ

イタリアやフランスでもっともよく飲まれるコーヒー。イタリアでは通常コーヒーといえばエスプレッソのことを言う。高温高圧で抽出する、濃厚で通常のコーヒーの半分くらいの量をデミタスカップにて提供するもの。深入りの豆を細引きしたもので抽出する。
もともとは1806年にナポレオンが大陸封鎖令を発令したことから始まり、コーヒーや砂糖の入荷が著しく滞ったことが要因となる。代替品を考案したりする中、ローマの「カフェ・グレコ」では単純に分量を減らし価格も下げることで対応、これが人気を博した。その後、抽出方法や機械が改良され現在の形になった。よく見るのはかなり高気圧(9気圧ともいわれる)のものですが、1.5気圧程度の抽出方法であってもエスプレッソに変わりはないそうです。

小倉トースト
あんトーストともいう。いろんなパターンがあるが、基本的には食パン(トースト)にマーガリン・粒あんという組み合わせ。あとはオープンサンドなのかサンドイッチなのか、揚げサンドもあったりする。お店によってはバターを持ってくるようにタッパに入ったあんこを持ってきてくれて、初めて見ると焦ってしまう事も。過去には深夜ラジオの企画で自転車で東海地方を行ったり来たりした伊集院光氏が「神の作った味だと思う」という発言をしている。甘いとしょっぱいの組み合わせが絶妙だという感想だった。
織田信長

コーヒーの歴史を調べてみると、記録を見る限り日本へ最初に入ってきたのは江戸時代の出島(1641年以降)とされているようだ。そもそも欧州で広まったのが16世紀ということであるなら、かの信長様の時代に日本に来ていたということの立証は難しいだろう。しかし、ワイン(ぶどう酒)を嗜んだという記録があることから、いわゆる現代のコーヒーというものと同様の形態ではなくとも、コーヒー豆を用いた「何か」を飲用もしくは食用にしていたとしても不思議ではなかったということもできる。特に欧州から日本に来た人物がアフリカやインドあたりを経由してきたことも考えると、あながちこの仮説もまるっきり嘘と言い切ることはできないであろう。また、信長様がコーヒーと接触していたとしたら、と夢のようなことを考えるのも楽しい。イシコにはぜひ信長様と仲良くなって、いずれは何とか聞き出してもらいたいものだ。
ちなみに安土町城郭資料館のコーヒーコーナーでは、信長様が宣教師より供されて飲みしコーヒー(エスプレッソとカプチーノ)を私たちも試すことができる。(有料)