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信長さん、喫茶店行こまい
「店内の不思議な光景(三重県熊野市)」
2010/07/03/05:10

菅首相になって既に1ヶ月...
とアップする前に、
この文章を書いた一ヶ月程前に1行付け足す。

突発的な旅があることもある僕は(そして、まさに現在、旅中)、
どうしても、こういったブログ連載は、
一ヶ月程、まとめて書きあげておくので、
どうしてもタイムラグが起きる。

いつ病気で寝込むこともわからない。
信長のように突然、本能寺で亡くなってしまうということだって可能性はゼロではない。
と一行どころか9行も付け足してしまった。
と前置きして、今回は、熊野市の散歩と喫茶店の話である。

鳩山前首相が辞意を表明したニュースが流れていた。
安部前首相が辞意を表明したニュースは
沖縄のコンドミニアムで生ビールを飲みながら、観ていた記憶がある。
福田前首相が辞意を表明したニュースは
東京は巣鴨のウィークリーマンションで缶コーヒーを飲みながら、観ていた記憶がある。

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そして、鳩山首相の辞意表明ニュースは、
熊野市の喫茶店で
焼きそばとアイスコーヒーという
この連載を始めてから、
すっかり当たり前になった組み合わせのランチをいただきながら観ていた。

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この喫茶店に来る前に鬼ケ城を散歩した後に立ち寄っていた。
僕は熊野古道だけが世界遺産だと思っていたのだが、
正確には、熊野古道、鬼ケ城を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産になっていることを今回、初めて知ったのだ。
つまり鬼ケ城も世界遺産の一部なのである。

岬の崖が階段状になり、
数回に渡る急激な地盤の隆起のあとを残している。
波で削られた洞窟があり、
天井部は蜂の巣のようになっている。
これは風によって運ばれてくる砂塵で削られるのだそうだ。

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洞窟の中から海を眺めていると、信長が憑いてきた。
雑賀孫市の墓がこの街にあることを教え、からかってやった。
信長は、雑賀孫市が率いる鉄砲隊に苦しめられたことがある。
雑賀衆と呼ばれる最強の傭兵隊が、今の和歌山県和歌山市あたりに住んでいた。
彼らは伝来してきて間もない鉄砲で武装しており、
一時は信長に雇われ、
近畿の三好家と戦う際、信長側の軍勢として戦っていた。

しかし、信長が「一向宗」の総本山石山本願寺と対立を始めると状況が変わった。
雑賀衆には一向宗の信者が多かったのである。
そして、彼らは石山本願寺側についた。

石山本願寺にたてこもり、
雑賀孫市が指揮をとった鉄砲隊に信長は苦しめられるのである。
最終的に信長に攻め落とされるのだが、
石山本願寺の法主顕如だけは最後まで守り、逃がし続けた。

信長の死後、雑賀孫市は秀吉につき、
秀吉の死後、関ヶ原の戦いで西側について負け、
熊野市で鈴木姓として、ひっそりと晩年を暮らした。
ちなみに日本で一番多い鈴木という苗字は熊野市発祥なのだそうだ。

さて、鳩山前首相の辞意の話に戻る。
何かが変なのである。
僕はテレビに食いついているのだが、
他の客が誰一人として観ていないのである。
これだけ重大なニュースにも関わらず。
居眠りしているおじいちゃん、病院話に夢中のおばあちゃん...
老後、この街でひっそり暮らした雑賀孫市のことが頭を過った。

PROFILE

イシコ
1968年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒業後、女性ファッション誌編集長、WEBマガジン編集長を経て、(有)ホワイトマンプロジェクト設立。国内外問わず、様々な分野から参加するイシコの友達が白塗りをして、子供向けのショー、映像制作、本、ワークショップなど様々なコンテンツを生み出していく。2008年からは世界の一都市一週間のペースで滞在する「セカイサンポ」をスタートさせ、2009年3月「セカイサンポ2」まで終了。ここ数年は執筆活動が多く、機内誌、新聞、WEBなど様々な媒体にエッセイ、ブログを寄稿している。