
岐阜をぶらついているとショッピングモール「モレラ岐阜行き」のバスが目に入り、
思わず乗り込んだ。
モレラ岐阜に行きたかったわけではなく、
その途中にある農業技術センターに行ってみたかったのである。
以前、書いたように、
自宅に舞い込んできた耕作放棄地のことを考えていて、
岐阜の農業技術センターのホームページを調べていたのである。
機会があったら行ってみようと思い、
農業技術センターへの交通機関である「モレラ岐阜」と
降車するバス停留所「又丸西」の名前を何となく覚えていたのである。
又丸西を降りると、
5分程度で農場試験センターに到着する。
敷地内には富有柿が並ぶ畑があり、
実験中であろうビニルハウスがずらりと並び、
建物の中ではミツバチ会議が行われていた(黒板に書いてあるのを拝見しただけだが)。
興味深い場所ではあるのだが、
自分の農業に対するインスピレーションをもらえるまでには至らなかった。
農業技術センターから、岐阜市街方面にぶらぶら歩いていると線路跡を見つけた。
5年ほど前に廃線になった名鉄揖斐線だった。
バス通りに出ると喫茶店というよりカフェと言った方がいい店が現れた。
子供の遊び場も設置されているせいか、
小さな子供連れのお母さんが多いハワイをイメージしたカフェである。
ロコモコとアイスコーヒーを注文する。
ご飯にハンバーグと卵を載せ、
調理の途中に出る肉汁をベースにしたグレイビーソースをかけたハワイの名物である。
1949年にハワイ島のヒロで小さなレストランを営んでいた日系人によって発案されたようだ。
"ロコ" とは現地語でイカレた奴という意味のようで、
また英語のローカル(地元)の掛詞でついた料理名のようである。
それが次第に広がり、現在、ロコモコはハワイにおいて非常にポピュラーな料理となっている。
ロコモコを食べながら、ウィキペディアの情報を眺めていると
いつのまにか憑いていた信長が口を挟んだ。
「おぬしのような中途半端な考えで農業などできるか?」
ハワイの話ではなく、農業の話だった。
兵農分離の考えを持っていたと言われる信長らしい考えではある。
繁忙期以外は戦に参加していた農民を、
信長は農業に専念させ、
戦専門の人間を養成するようにしようとしたのである。
実現にまでは至らなかったようだが、
少なくともそういった考えを持っていたようだ。
これを確立すると長期戦になっても、食糧を確保することができるからである。
その考えを豊臣秀吉が受け継いで確立したとも言われている。
その話を聞きながら、
農業技術センターのホームページを、再度、クリックしてみた。
前、見た時にはなかったのだが(僕が見逃しただけかもしれない)、
毎週水曜日の午後に技術センター内の見学ツアーができたらしい。
また、改めて来てみようと思う。
