
英語教材「アルク」の夏休み企画で短期連載することになり、
夏休み=冒険、アルク=歩くという安易な発想から、
岐阜県安八郡安八町にある自宅から東京世田谷区下北沢まで13日間かけて歩いてみることにした。
距離は約400キロ。
どうせだったら東海地区を抜けるまでの間、
この喫茶王国の目線でも書いてみようと思った。
写真は少なくなるが、1か月おつきあい願いたい。
江戸時代の旅人は、たいてい1日の行程が8里(約32キロ)だったと言われている。
ちょうど今回、400キロの距離を13日で割ると約33キロになる。
1日30キロ程度であれば、軽く歩けるだろうなどと気楽に考えていた。
しかし、歩き始めて30分も経たないうちに、目に入った喫茶店に入っていき、
アイスコーヒーを注文する。
家で朝食を食べてから出てきたのだが、
モーニングもぺろりと食べてしまった。
体力を使うのである。
リュックからノートパソコンを取り出してインターネットにつなぎ、
地図を開いて道順を確認する。
出発してから、まだ2キロ程度しか進んでいなかった。
「物好きよのぉ。
確か比叡山にそうやって歩く行があった」
アイスコーヒーを飲んでいると憑いてきた信長が、淡々と言った。
信長が焼き討ちした比叡山延暦寺のことである。
姉川の戦いで浅井・朝倉連合軍を破った後、
連合軍は比叡山延暦寺に逃げ込んだ。
信長は延暦寺をかくまったとして、
その後、焼き討ちにしてしまったのである。
一応、かくまったことを理由としているが、
当時、比叡山延暦寺は一大勢力を持っていたため、
信長にとっては邪魔だったので消し去ったとも言われている。
信長と延暦寺の関係はさておき、
この寺には「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」という荒行が知られている。
千日というと、ざっと3年という計算になるのだが、
そうではなく7年間をかけて通算1000日の行である。
最初の3年間は、1年のうち100日を行に費やす。
1日30キロを歩いて255ヶ所の霊場を巡拝していく。
今回の東海道サンポのペースと同じである。
続く2年間は1年に200日、同じ修行を行なう。
つまり、5年間で700日の行が終わる。
そして、ここで9日間の「断食、断水、不眠、不臥の行」に入る。
この行を終えないと次の行に進むことはできない。
この行の後、6年目は1年間に100日の行に減るのだが、
1日に歩く距離は60キロと倍になり、
巡拝する場所も266カ所に増える。
7年目の、前半100日間になると更に過酷になる。
1日84キロ、300カ所の巡拝となる。
1時間4キロとしても21時間。
休憩を考えると夜中の2時に歩き始めるのだそうだ。
そして、夜22時まで歩き、
睡眠時間はわずか2時間。
こうして最後の100日間は当初の1日30Kmの行に戻る。
これで合計1000日間。
歩く距離は地球1周に匹敵する4万Kmにも及ぶ。
延暦寺の記録では47名が成し遂げている。
その中には2度、成し遂げた方が3名おり、
現在も天台宗の僧侶として活躍される酒井雄哉氏もその一人。
そう考えると今回の400キロなど軽いもの。
そう思って外に出るのだが、
煩悩だらけの僕には灼熱地獄。
次の喫茶店を探して、ふらふらと歩き始めるのである。
