
岐阜県安八郡安八町の自宅から東京まで400キロを歩くことになり、
自宅を出たものの、30分程、歩いて、
すぐに疲れて喫茶店に入ってしまった。
先が思いやられるなぁと思いつつ、
喫茶店を出て約2時間。
国道18号線を黙々と東に歩いていた。
長良川を超え、羽島市に入り、
新幹線岐阜羽島駅を通り過ぎ、
更に東に進んでいき、
木曽川を超えると愛知県は一宮市に入った。
停まっている車の屋根から陽炎が立ち上っている。
この文章を書いているのは、
1ヶ月以上後。
その間に最高気温37度も味わっており、
歩いていた頃より、
更に暑くなっているのだが、
その頃は、まだ暑さに身体が慣れていない頃なので、こたえていたのだろう。
戦国時代の夏は、今より涼しかったんだろうなぁと思いながら、
ペットボトルのミネラルウォーターを口にすると
「今の方が涼しいじゃろ?」
信長が憑いてきた。
信長が、そう言うのは、部屋に入れば、扇風機やクーラーがあるからという意味らしい。
確かにそうかもしれないが、
クーラーなどの熱が外気の気温に影響も及ぼしていることを考えると複雑である。
クーラーのことを考えていたら、無性に冷気を浴びたくなってきた。
そう思い始めると、僕の意志はもろくて弱い。
目に入った喫茶店にすぐ入った。
その店はコーヒー専門店らしいのだが、お茶漬けが自慢のようで、
お茶漬けセットなるものまである。
これだけ暑いと食欲も今一つなので(というか朝食とモーニングを食べているから当たり前なのだけれど)、いただいてみることにする。
お茶漬けとアイスコーヒー。
不思議な取り合わせである。
そういえば信長が登場する時代劇を見ていると、
「湯漬けをもて~い!」
と言って、湯漬けが登場するシーンを見かける。
信長は湯漬けが好きだったのかと思ったのだが、そうでもないらしい。
戦国時代には今のように保温できる炊飯ジャーがあるわけでもなく、
一度、ご飯を炊いて、冷めてしまうと固いご飯になってしまう。
桶狭間の戦いのように、急遽出陣するという時に、
炊いてすぐのご飯があればよいが、
そんなに都合よくあるわけがない。
しかし、
「腹が減っては戦はできぬ」
ではないが、腹ごしらえをしてから戦に出掛けなければならない。
そこで、冷ご飯にお湯をかけて、食べることになるのである。
「なんだこれは。
水をかけて食べるのか?」
お茶漬けは温かいだし汁をかけるイメージがあるのだが、
この店のお茶漬けは冷たいだし汁をかけて食べる。
湯漬けの逆バージョンである。
ちなみに、信長の頃は、あくまで湯漬けで茶漬けでなかったのは、
信長の頃は、まだ、茶は貴重品の時代だったからだそうだ。
