
午後3時を過ぎた。
そろそろ本日の宿泊先を決めなくてはいけない。
国道1号線沿いのファミリーレストランで、アイスコーヒーを飲みながら、
ノートパソコンを開き、
近隣のホテルを探す。
通常のホテル探しとはわけが違う。
後、どのくらい歩くことができるかを自分の身体と相談しながら決める。
ホテルの質よりもホテルの場所の方が優先になる。
後8キロが限界だろうなぁと思いながら、足首をまわす。
できればこのまま休みたい。
ファミレスのコーヒーも取っておこうと思いつつ、結局、シャッターを押す気力さえなかった。
肉体的にも限界が来ているようだ。
インターネットの地図で調べると、8キロ先は豊明市。
豊明市のビジネスホテルを調べ、
空室を見つけることができ、予約を入れる。
インターネットのありがたさをこういうときにつくづく感じる。
戦国時代の人はどうしていたのだろう。
暗くなる頃に宿場に到着すればいいが、
もし、何もなければ、やはり野宿だったのだろうか。
憑いた信長に旅のときの宿について聞いたことがあるが、
「城か寺」
と短く答えただけだった。
確かに信長クラスの人間であれば、
周囲が先回りして、宿泊場所の手配等をしていたに違いない。
残り8キロを2時間で歩くのは予想以上に苦しかった。
思っている以上にペースが落ちていたのである。
17時半頃には到着すると思っていたが、
「豊明市」に入ったことを知らせる表示ボードを通り抜けた時は、既に18時をまわっていた。
更に進んでいくと目印の高速道路の高架が見えてきた。
どうやらホテルまで残り1キロを切ったようだ。
その時、左手に中華料理店が現れ、立ち止まった。
一旦、ホテルに入ってしまったら、
もう出掛けることが嫌になってしまうだろう。
だったら、ここで夕食を済ませてしまった方がよさそうだ。
昨日はお茶漬けにアイスコーヒーだったが、
今日は麻婆豆腐にアイスコーヒーである。
もちろん生まれて初めての組み合わせ。
「なんじゃ、これは?」
憑いた信長が言った。
中国の地名を参考にして「岐阜」という名前をつけた信長なのに、
麻婆豆腐も知らないのかと、からかってやった。
しかし、信長が知らないのも無理はない。
信長の頃、中国には、まだ麻婆豆腐はなく、清の時代に生まれた料理である。
成都という場所にあばたがたくさんあるおばさんがいた。
あばたのあるおばさんのことを中国語では「麻婆」と呼ぶ。
その「麻婆」が、労働者向けに作った豆腐料理が評判を呼び、
「麻婆豆腐」と呼ばれるようになったわけである。
麻婆豆腐とアイスコーヒー。
はたして中華料理にコーヒーが合うのか。
味覚の話をすると自信がないのだが、
コーヒーというのは、にんにくなどの臭いを消す効果があると言うことをこじつければ、理にはかなっていることになる。
ただ、コーヒーの口臭は残るわけなのだけれど。
まぁ、どちらでもいい。
早くホテルに入って眠りたい。
