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信長さん、喫茶店行こまい
「モーニングにうどんがつく店(東海道サンポ5)」
2010/08/25/21:35

ホテルの大浴場で入念にマッサージをして、
午後9時には眠り、翌朝5時半まで、
8時間以上眠ったのだが、身体中の筋肉痛は残ったままだった。

しかもホテルを出発して約2時間。
知立市に入ると雨が降ってきた。
灼熱の太陽も嫌だが、雨もわずらわしい。

歩くにはカッパの方が楽だと思わないこともないのだが、
この季節にカッパを着るというのは、
サウナに入るようなものである。

雨には濡れないかもしれないが、
汗でぐしょぐしょになる。
結局、僕は片手がふさがっても傘の方を選ぶことにした。

傘をさしながら進んでいくと
国道一号線から200メートル程入ったあたりのところに喫茶店が見えた。

初日であれば、
間違いなく立ち寄ったのだろうが、
筋肉痛をまとった身体と脳が躊躇していた。

片道200メートル。
往復にして400メートル。
普段であれば、何てことない距離であるが、今は違うのである。

前に進む400メートルではなく、横に進む400メートル。
東京には1メートルも近付いていないことになる。
そう考えるとどうしても二の足を踏む。

「けつの穴が小さいやつよのぉ。
そんな情けないことを申すな。
少しの距離くらい変らんだろ!
喫茶店行こまい!」
信長は憑くなり言った。
ただ単にアイスコーヒーが飲みたいだけのくせに。
結局、往復400メートルの道草を食うことになる。

喫茶店のドアを開けると、
まるで時間が止まったように、
一斉に視線がこちらに集まった。
雨に濡れた大きなリュックを背負った怪しい中年男が、
地元の喫茶店に入ってきたら、
僕でも見てしまうだろう。

しかし、それは、ほんの一瞬のことで、
すぐに、それぞれのテーブルの時間に戻っていく。

僕は極力、目立たないように入り口に近い席に座り、
リュックを降ろすとアイスコーヒーを頼む。
モーニングには、うどんがついていた。
メニューの書かれた黒板を見ると150円増しで、うどんは大盛りになる。
それよりもトーストにうどん。
今回の東海道サンポでは、体験したことのないコーヒーとの組み合わせに次々と出会うようだ。

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ウィキィペディアによれば、
既に室町時代には中国から伝わった小麦粉で作った麺「切麦」は、あったようだ。
もちろん、うどんより細い冷麦に近いので、
それがうどんの発祥と考えることに異説を唱える方もいるようだ。

「記憶にないのぉ」
うどんに関する信長の反応は鈍かった。
ちなみに名古屋名物のみそ煮込みうどんは、武田信玄の陣中食だったほうとうが、
武田家滅亡、徳川家に召し抱えられた武田家遺臣によって伝えられたという説がある。
これまた、尾州の繊維業では女性が機織り機で生地を織っていた時代、食事を作る時間がないため、台所の時間を稼ぐために、朝、作った赤だし味噌汁に、昼は乾麺をゆでて、赤だし味噌汁の中にぶちこんで食べたのが始まりという説もある。

江戸時代、農村ではうどん禁止令があったなどという話も残っている。
つまり贅沢だというのである。
うどんも調べていくと面白い話が次々と出てくる。
こうして、うどんについて調べているうちに雨も上がったようだ。

PROFILE

イシコ
1968年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒業後、女性ファッション誌編集長、WEBマガジン編集長を経て、(有)ホワイトマンプロジェクト設立。国内外問わず、様々な分野から参加するイシコの友達が白塗りをして、子供向けのショー、映像制作、本、ワークショップなど様々なコンテンツを生み出していく。2008年からは世界の一都市一週間のペースで滞在する「セカイサンポ」をスタートさせ、2009年3月「セカイサンポ2」まで終了。ここ数年は執筆活動が多く、機内誌、新聞、WEBなど様々な媒体にエッセイ、ブログを寄稿している。