
足はもう限界だった。
しかし、宿泊場所は決まっていない。
目の前には竹千代温泉。
日帰り温泉で宿泊場所はない。
既に足は温泉に向かっていた。
日本三大美人の湯と言われる和歌山県龍神温泉と同じ泉質を持つ重曹泉の温泉である。
肌がツルツルになることは嬉しいが、
今の僕には足の疲れをとってくれる効能の方が嬉しい。
竹千代温泉。
竹千代とは徳川将軍家の幼名、つまり幼い頃の名前である。
もちろん徳川家康も竹千代だった。
岡崎市内の温泉らしい名前である。
ちなみに信長の幼名は吉法師。
露店風呂で足をマッサージしていると、
歩く気力は確実にゼロに近づいていた。
と、その時である。
雨がぽつぽつと降り始め、そこから一気にゲリラ豪雨。
これで歩く気力はゼロになった。
今度は、火照った身体を水風呂で冷やし、
足首をまわしながら、今後の予定を考える。
送迎サービスを利用して、温泉から名鉄「本宿」駅まで送っていただき、
そこから電車で豊川稲荷まで行く。
そこまで行けばホテルはあるだろう。
そして、明日、再び、本宿駅まで戻ってから歩き始めることに決めた。
脱衣所でノートパソコンを開き、豊川稲荷のビジネスホテルを予約した。
温泉のスタッフに駅まで送迎していただく途中、
車内に客が僕一人だったこともあり、
いろいろなお話をさせていただいた。
僕が東京まで歩いている話をすると、
「年に一人くらいは、そういう方がいらっしゃいます。
でも...」
と思い出すように話し始めた。
名古屋の中学生が夏休みを利用して一人で東京まで歩いている途中で、この温泉に立ち寄ったそうだ。
そして、たまたま同じ時に、やはり東京まで歩いている中年男性も温泉に立ち寄られ、
その後、二人で一緒に東京まで歩いて行ったという手紙を後日、いただいたそうだ。
さて、本宿駅から、久しぶりに電車に乗った。
電車という文明の利器が、こんなに有難いと思ったことはない。
豊川稲荷のビジネスホテルに到着しても雨は降り続いたままだった。
部屋に入り、洗濯だけ済ませると、
この日も朝まで一度も目覚めることなく8時間眠った。
それだけ眠っても、まだまだ寝不足のような心持である。
朝食はホテルで済ませていくことにした。
食堂のコーヒーメーカーに、
本日のコーヒーは、「ブラジルスモーキー」と書かれていた。
聞いたことがない豆だったので、
部屋に戻るとインターネットで調べてみた。
ブラジルサントス完熟豆をスモーキーな風合いに仕上げた豆なのだそうだ。
「いつになったら出発するのじゃ
そろそろ歩かぬと江戸には着かぬぞ」
憑いた信長が珍しく、喫茶店ではなく、歩くことを勧めた。
昨日の雨は嘘のように上がり、空は青空。
テレビでは、名古屋の最高気温は35度近くまで上がると伝えていた。
本日も過酷そうだ。
しかし、アイスコーヒーが美味しそうだ。
